隠岐島前の旅、海から見る摩天崖が⁉

旅の記録、実は!

大山(だいせん)お山から隠岐の国見れば、
島が四島に大満寺。中の小島には長者ある。

これは隠岐民謡「どっさり節」の一節で、
晴れた日には、本州鳥取県の最高峰大山(だいせん)から、
隠岐の島々が望めることを歌ったものなのだとか。

本州・島根半島の沖およそ60キロ、
お天気が良いと日本海の向こうにうっすらとその島影が見える隠岐諸島。

その風景は荒涼としておおらか。
自分が日本にいることを忘れてしまう独特な魅力に溢れています。

昨年の隠岐道後に引き続き、
今年、わたしは隠岐島前に向かいました。

隠岐島の黒曜石と竹島に会いに 
隠岐島へ行ってきました^ ^隠岐島後に鉱物採集をしに。隠岐で鉱物採集と言えば…。そう黒曜石ですね。隠岐島は4つの有人島と180余りの小さな無人島から構成されていますが、その中で一番大きな島が島後(どうご)と呼ばれています。...

隠岐島は4つの有人島と180余りの小さな無人島から構成されています。
その中で一番大きな島が島後(どうご)、
島後の南西10数kmにある3つの有人島を総称して島前(どうぜん)と呼びます。

島前は、
中ノ島(なかのしま)  (面積33.5㎢)、
知夫里島(ちぶりじま) (面積13.7㎢)、
西ノ島(にしのしま)  (面積55.98㎢)

ちなみに
島後の面積は242.82k㎡(琵琶湖の約36%)。

令和4年(2022)4月22日7時55分、
JR松江駅発の連絡バスで隠岐汽船の発着する七類(しちるい)港へ。

今回乗ったのはフェリーおき。

通常であれば島前経由で島後へ行くのですが、
この度乗組員に新型のコロナウィルスの陽性者が出たと言うことで、
フェリーは減便されフェリーおきだけが時刻を変更して運行されていました。

9時丁度、おきは七類港を出港。
次第に遠ざかって行く島根半島の向こう、
晴れていれば見える大山はすっかり雲に隠れています。

二等船室には寝転がったり、荷物に寄りかかったり。
思い思いに過ごす乗客が所狭しといましたが11時25分、
西郷港に着くといつしかガラ空きに。

島後・西郷港

隠岐島後の人口はおよそ18,000。
島前の人口はそのおよそ半分と言うことで、
フェリーの需要も島後へと向かう人々の方が主体のようです。

12時丁度、閑散としたフェリーおきは西郷港バックに一路島前へ。

右手に中ノ島、左手に西ノ島、中央の薄い島影が島後


道中には中ノ島の観光スポットの1つ、三郎岩(さぶろういわ)も見ることができました。

中央の三つの島が三郎岩

隠岐の海岸はどこもゴツゴツした岩に覆われて、
人々の上陸を阻む天然の要塞のようにも見えます。

ようやく開けた少しの平野、
そこに港が開け小さな集落が肩を寄せ合って生活している様に見えます。

中ノ島・菱浦港

やがておきは中ノ島・菱浦港12時45分に着岸、
少しの乗客を下ろして13時出港。

西ノ島・別府港は直ぐそこに見えていて13時15分着岸。

西ノ島・別府港

西ノ島に着いたものの、港の周りには思いの外何も無く…。
漸く見つけた飲食店も休業もしくはランチタイムを終えてしまっています。

この後私はバスで摩天崖(まてんがい)方面へと向かう予定なのだけれど、
このままでは夕飯まで飲み食いできそうにない⁉︎と不安に。

ようやく港のすぐ近くに小さな商店を見つけ
そこで飲み物やお菓子菓子パンを買うことが出来ました。

スーパーまつのや、空いていてくれてありがとう!

小さな商店だけど食料品から日用品まで何でも揃う、
大きさもちょうどコンビニのような地元の方々の集う場所です。

14時20分バスが来て乗車。
バスは小さい集落を抜けて観光遊覧船が到着する浦郷(うらごう)港に14時40分着。

ここから西ノ島屈指の観光地・摩天崖を遊覧する観光船に乗る予定です。
定員50名ほどの小さな遊覧船は20名ほどの乗客を乗せて出港。

途中運河を抜け、西ノ島の北岸へ出た観光船からは、
ラクダ岩や豆腐岩など陸からでは見ることの出来ない美しい景観が次々と現れます。

豆腐岩
ラクダ岩

摩天崖を中心に延々と続く断崖、
それはもう頭上を覆うようかのような威圧感!

西ノ島西岸に広がる摩天崖(まてんがい)

摩天崖は日本一高さのある崖だそうで、
その標高は一番高い頂上付近で256メートル。ほぼ垂直に切り立った断崖です。

摩天崖を過ぎると…。

通天橋

浄土ヶ浜

観音岩

次々現れます。

実は通天橋、少しずつではあるけれども落石が起こっているらしく…。
その昔は遊覧船がその下をくぐり抜けていたそうですが、
今はそれも出来なくなったとの事。

今後も落石が続けば、
いずれ通天橋は今の姿でなくなってしまうのではないか!

と遊覧船ではそんな話も紹介してくださいました。
ところで摩天崖を中心とする西ノ島西岸には幾つか洞窟があります。

遊覧船はそれら洞窟を通れるサイズに設計されているそうで、
ただ少しでも波が荒いと…。遊覧船が岩場に当たってしまう。

そこで洞窟への侵入は、
入り口と出口両方の様子を確認してから実行されます。

この日は少々波が高く、
結局のところは通り抜けは断念。

代わりに入り口そしてまた出口に少しずつ侵入、
洞窟氷の雰囲気を演出してくれました。

これ以上先、進めるの⁉︎
洞窟がどんどん狭くなっていく箇所があって、
さぞ高度な操舵技術が必要なんだろうと思わされました。

遊覧船から見た国賀海岸の様子を動画にしてみました。
よろしければ以下リンクからご覧ください。

国賀三景 摩天崖
鬼が城~摩天崖 (4分09秒)
国賀三景・通天橋から観音岩
通天橋~浄土ヶ浜 (7分49秒)

およそ1時間、西ノ島西岸に沿って走って来た遊覧船も、
国賀の赤壁を見て元来た道を引き返します。

国賀三景・国賀の赤壁を遊覧船から見てみた
国賀の赤壁 (1分47秒)

ここに来て今まで泣くのを堪えていた曇天からはいよいよポツポツ雨が降り出して、
テラス席に居た乗客は次々船内に戻って来られました。

誰も居なくなったテラス席に独り、
次第に強くなる雨に濡れながら摩天崖の荒涼とした光景を楽しみました。

かなりのスピードで走るなぁと、
下船時、船長さんに尋ねてみるとおよそ19ノット、
時速にして4十数キロの速さで船を走らせていたそうです。

およそ80分間で往復20キロ余り、遊覧船を堪能。
またいつか、今度は摩天崖の上から大海原の景色を楽しみたいと思います。

遊覧船乗り場のすぐ近くにあるバス停から私1人を乗せたバスは、
小雨降る西ノ島の元来た道を抜けて別府港へと戻りました。

別府港からは島前3島、中ノ島、西ノ島、知夫里島を結ぶ内航船いそかぜに乗って、
中ノ島・菱浦港へと向かいました。

静かだった西ノ島・別府港から来ると、
随分と賑わっている様に感じる菱浦港。

今日の宿泊は菱浦港近くにあるB&Bあとど。

港近くにある海士町観光案内所で宿泊の受付です。
鍵を受け取り料金を支払いました。

港を見ながら歩く事およそ5分少々。

B&Bあとどは古民家を回収して作られた宿泊施設で、
一言で言うならとてもスタイリッシュ。
洒落た内装の美しい建物です。

B&Bあとどgががいがいkがいかがいかnがいかん外観

管理人はおらずフリースペースと
そして5つの部屋からなっている小さな宿。

B&Bあとど・フリースペース
B&Bあとど・一階廊下
B&Bあとど室内(洋式トイレ・シャワールーム付)

宿でしばし休息して19時過ぎ外に出ると、
もう辺りは暗くなっていて街灯もまばら、
足元に気をつけて歩かなければならないような感じ。

先程観光案内所で教えて頂いた食事処あじ蔵までの道中、
およそ5分ほどもこの先に本当にお店があるんだろうか
と思わせるような人気のない暗い道を行きました。

ようやく現れたあじ蔵で私が食べたのは海鮮定食(税込1300円)

お刺身と鯛?のお頭を唐揚げにしたもののあんかけ、それに魚のあらの味噌汁。
味付けは少々辛味がありますがなんとも食べ応えがある定食でした。

さてB&Bあとどにはお風呂がありません。
あるのはシャワールームのみ。

ただし宿泊客は、
同系列のホテルエントの大浴場追加料金600円で入ることができます。

エントは昨年、元嵐の松潤さんが取材に訪れたことでも話題になったそうで、
こちらはまた近代的現代的な美しいホテルです。

白と黒を基調としたモノトーンの大浴場は20人ぐらい入れるでしょうか、
浸かっていると肌がツルツルになりました。隠岐に来て温泉が楽しめるとは!

しとしと雨の降る暗い夜道に人影はありませんが、
数件空いている食事処からは人々の声が賑やかに聞こえて来ます。

B&Bあとどのパジャマ

さて明日は知夫里島に行きます。
サイクリングの予定ですがこの雨上がるのでしょうか。

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